大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ヨ)2340号 決定

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  被申請人は、左記事項に関し、申請人および申請人が委任する者と誠実に団体交渉せよ。

(一) 七月からの賃上げの件

(二) 業務上疾病に対する処置

(三) 有給休暇に関する件

(四) 祝祭日を休日にする件

(五) 唯一交渉権等労使関係に関する件

2  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由の要旨

1  被申請人は、マスコミ業界の業界新聞社であるところ、同社には昭和二三年以降労働組合が存在しなかつた。

2  A(以下、Aという。)およびB(以下、Bという。)を含む二名以上の被申請人の従業員は、昭和四九年七月二二日、執行委員長をA、書記長をBとする申請人組合(以下単に組合ともいう。)を結成し、同日、全国専門新聞労働組合協議会(以下、全労協という。)に加盟すると同時に、団体交渉権を委任した。

3  同年七月二三日組合は、全労協の代表とともに被申請人に対し、組合の結成通告をなし、申請の趣旨第1項記載の五項目の要求(以下、本件五項目の要求という。)を記載した文書を手渡して団体交渉を求めたところ、拒否された。その後、数回にわたり組合および全労協が、被申請人に対し団体交渉を求めたが、同年八月一日、AおよびBのみが出席する団体交渉が一時間の制限で行われたのみで、右団体交渉前に、申請人の組合員だけとの団体交渉および一時間の時間制限を前例としないことを確約していたのにもかかわらず、被申請人は、以後これを守らず、かつ「組合の主旨を言え」「組合員の氏名を明らかにしろ」「上部団体とは会わない」などというような不当な発言をなし、更に団体交渉の引き延ばしを画策するなどして、正当な理由なく団体交渉を拒否しているものである。

4  憲法二八条および労働組合法七条二号により、労働者は、使用者が正当な理由なく団体交渉の申入れを拒否した場合は、使用者に対し、具体的団体交渉請求権を取得するものというべきところ、被申請人は、前記のとおり正当な理由なく申請人らの団体交渉の申入れを拒否しているものであるから、申請人は具体的団体交渉請求権を取得したものである。

5  早急な解決を要する本件五項目の要求につき、誠意ある団体交渉が行なわれる見通しが全くないので、このままでは前記の団体交渉請求権の実現を期し得ず、労働組合の重要な機能を侵害されることになるので、仮処分の必要性がある。

二  申請の理由の要旨に対する答弁

1  申請の理由の要旨1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、AおよびBが被申請人の従業員であることは認めるが、その余の事実は争う。

3  同3の事実のうち、Aらが組合を結成したと称して団体交渉の申入れをしてきたことがあることおよび八月一日に団体交渉をしたことがあることは認めるが、その余の事実は争う。

4  同4、5は争う。

三  被申請人の主張の要旨

以下に述べるとおり、申請人の本件申請はその理由がないものである。

1  申請人組合は、企業内組合であると称しているが、その組合員は被申請人の従業員約四〇名中、AとBの二名のみであつて、いまだ社団的性格を有している団体としての組合が結成されているものということはできないから申請人は団体交渉請求権を有しない。

2  仮に労働組合が結成されているとしても、憲法二八条および労働組合法七条をもつて、労働者が使用者に対して具体的団体交渉請求権を取得する根拠とすることはできないというべく、他に、右請求権を取得する法律上の根拠はない。

3  使用者が団体交渉義務を私法上の債務として負担するためには、その内容たる給付が特定ないし一定しなければならないところ、団体交渉応諾の仮処分は、本件申請の趣旨のように主観的要素たる「誠実に」なる文言を仮処分命令の内容に持ち込むことになるほか、「団交に応ずる」という点についても、それは相手方の態度や諸般の事情を勘案して理解すべきであるから問題があり、結局、団体交渉応諾を求める仮処分は、仮処分制度そのものになじまないものというべく許されないものである。

4  仮に申請人に具体的団体交渉請求権があるとしても、被申請人は団体交渉を拒否していない。すなわち、被申請人は、昭和四九年八月一日に組合と団体交渉をしたほか、その後も何回となく組合と予備的折衝を重ね、団体交渉の事前準備として、その日時、場所、出席者等の決定、団体交渉の議事録の作成を提案し、平穏裡に団体交渉をなすよう申請人に対し求めたのであるが、申請人は、予備折衝での合意を待たずに、一方的に自己の決めた条件で団体交渉をなすよう要求するほか、社内に、上部団体と称する多数の部外者を無断で乱入させ、罵詈雑言を浴びせるなどして、強引に自らの主張を押しつけようとしたのである。

5  仮に被申請人に団体交渉拒否に当る事実があるとしても、右団体交渉の拒否には次のような正当理由があるものである。すなわち、申請人は、上部団体と称する全労協の団体交渉参加を要求するが、申請人は全労協の組織や役員を明らかにしないため、これがいかなる団体か不明であるうえ、全労協に所属すると称する者達は、昭和四九年七月二三日の組合結成通告の際のみならず、その後同年八月一日、同月八日、同月二九日にも社内への無断乱入、業務妨害、C主幹(以下、C主幹という。)のつるしあげ等の行動をとつた。したがつて、このような団体の参加のもとでは平穏裡に誠実なる団体交渉を行なうことは不可能であつたものである。

第三当裁判所の判断

一  被申請人が、マスコミ業界の業界新聞社であること、被申請人には昭和二三年以降労働組合が存在しなかつたことおよびA、Bの両名が被申請人の従業員であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件疎明資料によれば、次の各事実が疎明される。

1  A、Bの両名は、昭和四九年七月二二日、執行委員長をA、書記長をBとする申請人組合を結成し(申請人は、右両名以外にも組合員がいると主張するが、それを認めるに足りる疎明はない。)、同日、全労協に加盟し、団体交渉権を委任した。

2  同年七月二三日昼休み終了後の午後○時五〇分頃A、Bの両名は、全労協所属の七名の者とともに被申請人の社長室へ無断で入り込み、いきなり同室で執務中であった社長のD(以下、D社長という。)を取り囲むようにして同人に対し、Aにおいて「我々は労働組合をつくりました」と言い、他の者達は「話がある」「団交に応じろ」「組合法を知らないか」などと大声でどなつた。これに対してD杜長は、従業員であるA、Bの両名以外は見知らぬ者達ばかりであつたので「社員にはいつでも会うが、君らに面会を強要されることはない」と発言したが、Aらは「興奮するな」「何だそれは」などと言って全く取りあわなかつた。そこで、同社長は、不法に社屋に侵入され、かつ監禁状態にあるものとして、警察官を呼び、ようやく、こづかれながらも、その場所から抜け出ることができた。その後、C主幹らから「ともかく社外に出てくれ」と説得されても、前記の者達は、なおしばらく総務室にとどまり、社外に出てからも午後二時一五分頃まで会社の玄関前で気勢をあげていた。同日夕方、D社長が帰社すると机上に本件五項目の要求を記載した申請人および全労協名義の要求書が置いてあった。

3  同年七月二五日午前九時半から一一時までD社長は社長室においてAと会い、同人に対し前記七月二三日の件について非難するとともに「外部の勢力を入れた団交は言いたいことも言えないから、諸要求については私と君の二人で審議していこう」「来週中に機会をつくるから話あおう」との旨提案し、ついで、同月二七日、同社長はAに対し、八月一日、新聞の発送終了後、一時間、社内の組合員とのみ団体交渉に応ずる旨口頭で伝達した。

4  同年七月二九日、被申請人は、労務担当役員にC主幹を任命したうえ、E出版二部長(以下、E部長という。)を労務担当付に任命して、対組合の窓口とすることにし、組合との事務折衝を開始させることとした。ところで、同日朝、団交申入書が社長室の机上に置いてあったが、これはAが社長室に無断で入室して置いていつたものと考えられたので、早速E部長は、組合に対し団体交渉申入書の非常識な渡し方を改めるよう申し入れ、ついで同月三一日Aと事務折衝を行ない、Aから八月一日に団体交渉を行なえとの申し入れを文書(右申入書には、一時間の交渉時間および出席者を申請人組合の執行委員二名とすることは前例としないという記載がある。)で受けたのに対し、E部長は・翌八月一日正午に「八月一日、発送終了後一時間以内で、かつ話し合いは、あらゆる外部勢力の影響から全く隔絶された状況下においてのみ応ずる」旨の被申請人の回答書をAに手渡した。

5  同年八月一日午後六時五分から午後七時五分までの一時間、社長室において、D社長とA、Bの両名との間で第一回の団体交渉が行なわれたが(右団体交渉が行なわれたことは当事者間に争いがない。)その際、同社長がAに対し、組合員の氏名および三役の氏名を尋ねたところ、Aは「組合員は二人だけではないが、組合員の数や氏名は答える必要はない」と言つて明らかにしなかつた。更に、同社長は「社内の人とは都合のつくかぎり、できるだけ話し合いに応じるが、見ず知らずの外部の人間に無理矢理に会えといわれても絶対に会わない」「組合活動は、就業時間外にのみやるべきものであることを確認してもらいたい」「経営方針に反対の者には会社にいてほしくない」等の意見を述べるとともに、組合の本件五項目の要求のうち、賃上げの件につき質疑応答がなされた。そして、最後に、次回の団交の日時を決めよとのAからの要求に対し、D社長は事務折衝で決めると答えて、第一回の団体交渉は終了した。ととろで、右団体交渉が終了した頃には、すでに全労協の所属と思われる七、八名の者が会社の玄関前路上に集合していて、閉ざされていた玄関の扉や工場シャッターを足でけつたり、ガタガタさせたりして「開けろ」とどなつていたが、帰るというA、Bの両名を社外に出すために玄関の扉を開けたところ、まず二、三名の者が強引に玄関内に押し入つてきて、被申請人の職制の者達と対峙し、前記七、八名の者が、玄関口にひしめいて「われわれをなめるな」「労組法を知らねえな」といつて騒ぎ、結局この状況は、被申請人の職制の者達に押し出される午後八時一五分まで続けられ、その際、玄関の扉のガラスが割れ、また右扉もゆがめられた(これらの行動は、A、Bの両名と前記七、八名の者とが相意思を通じてなされたものと認められる。)。

6  同年八月二日、E部長は、Aから抗議文を渡されたが、右文書には「八月一日の団交における社長の発言、態度は実質的な団交拒否である。上部団体の団交参加を認めないのは不当労働行為である。組合と全労協が八月一日になした団交要求に対し、暴力的排除をなしたことは不当である」との記載のほか「八月六日午後六時に団交をせよ」との申し入れも記載されていた。

7  同年八月六日夕方、E部長はAと事務折衝を行ない、その際、同部長は「話し合いは積み重ねだから第二回団交の日時の設定は、八月一日の第一回団交の議事録を作成してから話し合おう」と提案したところ、Aは「第一回の交渉は実質ゼロだから議事録作成の必要はない」と主張し結論がでなかつた。

8  同年八月八日午前一一時五〇分頃から午後一時一五分頃まで、突然、赤旗を持つた四〇人余りの者(主として全労協所属の者と思われる。)が集結し、会社の玄関内に坐り込み、スピーカーを使うなどしてアジ演説を行なつたが、A、Bの両名はこれらの者と行動を共にしていた。

9  同年八月九日、E部長はAから「八月一四日までに団交をせよ。右諾否の回答は八月一二日までにせよ」との申入書を受け取つたが、八月一二日は同部長が仙台出張の予定であつたため、次回の事務折衝を八月一三日夕方にすることで合意した。

10  同年八月一二日正午すぎから午後一時頃まで、全労協所属と思われる三名の者が、会社玄関内の階段に陣取り、A、Bの両名と共に、C主幹に執拗に面会を求め、自己の要求を繰り返した。

11  同年八月一三日夕方、E部長とAは事務折衝をなし、同部長が、第一回団交の議事録作成を重ねて提案したところ、Aは、第二回団交の日時が設定されるなら議事録の作成に応じてもよいと述べた。同日、被申請人は組合に対し「業務に関係ない者の立ち入りを禁止する」旨の申し入れを文書で行なった。

12  同年八月二〇日午前一〇時一五分頃、Aより団交申入書を渡されたE部長は、就業時間中に組合に関する言動をされたら困るということと、全労協名義の文書であるということで、右文書の受け取りを拒否し、これを返却した。

13  同年八月二三日夕方、E部長とAは事務折衝をなし、その際、同部長が「来週は東北地方へ出張があるため、事務折衝の窓口は一週間閉鎖する」「次回の団交は議事録の作成が先決である」旨述べたところ、Aは「それではC主幹と話しを続けたい」「会社が団交の引き延ばしをはかるなら、今後はゲリラ戦法を含む行動のエスカレートもある」と述べ、別れ際に、八月二八日に団交をせよとの申入書を同部長に渡した。

14  同年八月二九日午後六時頃、発送作業中の総務室に、いきなり全労協所属と思われる三〇人位の人間が、C主幹と話し合いたいといつて入つてきた。C主幹は「とにかく社外に出てもらいたい」と繰り返し要求したが、これを聞き入れず、数名の者が同主幹の前に立ちふさがり、「逃げようつたつて逃がさねえぞ」「もつと仲間を連れて押しかけてくるぞ」などと申し向け、ハンドマイクで「断固たたかうぞ」などのシユプレヒコールをなしていたが、この状態は午後八時四〇分頃まで続いた。そして、社外に出てからも前記の者達は、C主幹とF取締役を取り囲み、第一回団交のやり方や被申請人がA宛に出した警告書等につき、罵詈雑言を浴びせながら追及したうえ、右両名に対し「解雇につながる処分は一切行なわない」「八月一日の昼休み社前集会に関する警告書は白紙撤回する」「上部団体の交渉参加を遵守する」等を記載した確認書への署名を迫つて、これをなさしめ、ようやく午後一〇時五分解散した。なお、右確認書について被申請人は、同年九月二日A宛に、右文書は、異常な状況のもとに署名を強制されたものであるから無効である旨の通知を内容証明郵便でなした。

15  同年九月一三日午前八時二〇分すぎころ、玄関が開くとまもなく、A、Bの両名の他、約一〇数名の者(全労協所属と思われる。)が社内に入つたため、D社長は車庫の方から社外へ出ようとしたが、追いつかれて車庫にとじこめられる形となり、同所に入つた者達は口々に「社長出てこい」「殺しやしねえよ。さつさとこつちへきて団交しろ」「ふざけるな、このバカが」等の罵詈雑言を大声で浴びせた。この状態は午前九時すぎまで続いたが、警察官の誘導でようやく同社長は社長室へ戻ることができた。そして、前記一〇数名の者はシユプレヒコールを繰り返したのち午前一〇時すぎころ、社外に退去したが、その少し前頃、その中のリーダーと思われる者は社長に対し「お前ががんばるなら、こうして何度でも来てやるし、お前のうちにも押しかけるぞ」と申し向けていた。

16  前記のような全労協所属と思われる者達の会社への無断立ち入り行為等が続くことにより、新聞発送業務に支障が生ずることをおそれた被申請人は、これを防止するため、同年九月一三日以降、終日、会社の玄関扉をしめきり、インターホンで出入りする者のチェックをする方策をとつたが、一方、平穏裡に団体交渉をなす意思が被申請人にあることを組合に対し文書で表明するとともに、同年一〇月一八日付文書で、同年一〇月二四日午後六時より二時間、A、Bの他に、組合の委任する第三者一名(ただし、右第三者の所属団体、役職名、職業、住所、氏名を予め明確にすることを条件として)と、九段会館において団体交渉を行ないたい旨を組合に対し通知したところ、これに対し組合は、同年一〇月二一日付文書で、組合側出席者の氏名、人数を指定すること、組合から団交を委任された者の職業、住所等の明示を求めること、団体交渉の場所を社外とすること等は、不当労働行為またはそれに近い行為であり、全く認められないとして被申請人の申し入れを拒否するとともに、団交の場所を本社社長室とし、組合側出席者を組合員および上部団体五名とする条件のもとに団体交渉をせよと被申請人に対し要求した。

三  以上の各事実をもとに検討するのに、A、Bの両名および全労協所属と思われる者達が、組合の結成通告の際以降になした言動のうち、とくに前記2、5、8、14および15の言動は、申請人の団交申し入れに対する被申請人の態度と対比してみても、行き過ぎの感を免れず、穏当さを欠くものといわざるをえない。そして、A、Bの両名が、組合員の人数、氏名を明らかにしないこと(申請人は本件審尋期日においても右の点を明らかにしない。)、申請人が被申請人に対し団体交渉を要求するに際し、団体交渉の場に出席しようとする全労協(この団体がいかなるものであるかについても、申請人が被申請人に対し納得のいくよう説明をした事実は、本件疎明料上認められない。)に所属する者の氏名等を明らかにしようとしないことは前記のとおりであるが、これらも、相手方に誠実なる団体交渉を求める者の態度としては相当なものであるとはいえない。そうすると、以上のような態様のもとにおける申請人の被申講人に対する団体交渉請求権の行使は信義則に反し、許されないものというべきである。

そうとすれば、その余の点につき判断するまでもなく、申請人の本件申請はその理由がないものであるから却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例